2019年12月26日

建築学科研究室行脚 第1回「宇野研」

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建築学科の研究室を順次ご紹介していきます。
第1回は「宇野研究室」です。


宇野求先生は、1992年に東京理科大学工学部建築学科 非常勤講師として着任、1994年からは千葉大学で建築学の研究・教育に従事されていました。その間、2000年に理工学研究科建築学専攻の非常勤講師、2004年には工学研究科大学院非常勤講師、2007年からは工学部教授として長きにわたりご指導いただいてまいりましたが、今年度をもって東京理科大学の専任教授を退任されることになりました。来年度以降は、嘱託教授として、学部と専攻の設計関連科目をご担当いただく予定となっております。(写真:宇野研究室2019)
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・理科大とのご縁

1992-93年度にかけて神楽坂で設計製図の非常勤講師をしていました。ある日、私の設計事務所に鈴木信宏先生からお電話をいただいて、設計の非常勤講師をとのことでした。それが理科大とのお付き合いの始まりです。当時、自分は30代、設計担当の助手をされていた大岩昭之先生と小泉隆先生に大変お世話になりました。

大岩先生の姪御(日系ブラジル人 ソニア大岩)さんは、千葉大時代の学生で、サンパウロ大学卒の優秀な留学生でした。彼女の修士研究のアドバイスなどしていて、彼女は国際的な設計活動をしたいとのことでしたので、黒川紀章さんのオフィスを紹介、黒川事務所ではアジアのプロジェクトを担当していました。ソニアのお兄さんのオスカール大岩は、日本デビューの世界的なアーティストで東京はじめ世界の主要都市で展覧会を開いています。理科大でも講演してもらいました。また、これもご縁かなと思いますが、千葉大宇野研大学院1期生に、理科大工学部建築学科の平野研出身者がいました。理科大で設計を教えた学年の女子学生で、設計は上手でしたがクジで負けて構造の研究室で卒研を書いた優秀な学生でした。沖塩荘一郎先生の勧めがあって千葉大宇野研への進学を決めたということを、最近、沖塩先生からお聞きして知りました。色々とご縁があって、宇野研究室ができたんだなとあらためて思います。

理工の建築とは、千葉県つながりで、千葉大時代にお付き合いがあって、初見研究室とジョイントして千葉県内のプロジェクトを手掛けたこともありました。初見先生からの依頼で、理工の大学院で設計科目の立ち上げを小嶋一浩さん(故人)とやりました。理科大理工から千葉大宇野研に進学した人も複数います。

その後、2005年末、理科大工学部建築学科から大変に熱心なお声がけと依頼をいただきました。キャンパスが新しくなるので、その期に神楽坂に来て建築家を育ててもらいたいとのことでした。お声がけいただいた時の、決め台詞は「神楽坂に来ないか」でした。千葉大での研究と教育に一定の区切りがついたこともあって、理科大・工・建築に異動することを決断しました。

ということで、現役のプロフェッサーの中で、実は、私が最も長期にわたって理科大でお世話になっていて、また、理工も含めて理科大の多くのプロフェッサーに友人がいます。例えば、理工・建築の井上隆先生は、私たちが学生時代に設立した「設計組織アモルフ」という建築設計事務所の隣に(たまたま)住んでいたので、その時代からの友人でもあります。皆様のおかげで、また優秀な学生さんたちと、12年間、楽しく過ごすことができました。

・ビフォー/アフター

理科大からいただいた時間は、12年間でした。それが今年度で終わります。時間切れで、やりたかったこと、できなかったこと、多々ありますが、それはともあれ、宇野研が活動してきた12年間の、理科大に起きたビフォー/アフターは、どのようなことだったのか? やってきたことが、たくさんありすぎて、今回ご紹介するには、時間と空間が足りないものですから、思いつくまま、大枠のみ項目として列挙しますと、、、

1)女子学生が増えた
2)コンピューテーションの使い手が多数育った
3)建築設計に加えて、事業企画、都市開発などに従事する卒業生が増えた
4)外国人留学生(ドイツ、オーストリア、韓国、台湾、トルクメニスタン、中国)が多様化とグローバル化に寄与した
5)オープンマインディッドな宇野研の歴代助教と学生が活躍、学科の一体感が醸成された
6)海外で活動する卒業生が増えた(留学、プロジェクトなど)
7)キャンパス周辺地域の調査研究を通じて、社会貢献と地域交流を促した

などが上げられると思います。個々の詳細は、あらためて報告できればと思います。(理科大に来た時に「新建築」に載るような建築家を出してもらいたいとの依頼がありましたが、すでに複数の卒業生の仕事がメディアで紹介されたり受賞しています。具体的には、別の機会に。)

・現在の宇野研究室の様子

基本的に、若手の助教と学生が、自由にのびのび専門の知識と技術を身に付けることができるようにとのポリシーで研究室を運営してきました。個性の際立つ歴代助教のおかげで、今日の理科大宇野研究室があります。初代は、現・理科大准教授の栢木まどかさんです。中島貴光さん(現・大同大学准教授)、田中陽輔さん(元・四川大学准教授)、川井操さん(現・滋賀県立大学准教授)、この数年は、学科再編の過渡期であり、また総合研究院に設けられた「先端都市建築研究部門」(神楽坂キャンパス「外濠及び神楽坂地域調査研究推進室」)の活動と運営も行ってきていて、仕事の量がとても多く、石山さつきさんと高佳音さんの2人が、学科と研究室を支えてくれています(今年度まで)。

理科大は、日本の大学のなかで、個々の研究室に最も潤沢に研究費を配分する大学です。国立大学から移籍しただけに驚かされました。原資は、学費なので、学生への還元が最も重視されるべきだと考えて、什器類は最も安価なもので賄い、あるいは、学生が制作して、学生の教育と研究に研究費を投じてきました。

この10年間で出版された海外の優れた建築専門書の収集を行いました。数百万円を投じて集めたこの建築書のライブラリーは、理科大中央図書館に収められて、未来の理科大生にも受け継がれます。コンピュータと周辺機器についても惜しみなく予算を投じてきました。学生たちが、最新の機器やコンピュータ・プログラムに接しながら、現代的な建築設計技術を習得できるように整えたものです。成果は、今後、同窓の活動活躍を経て社会に還元されていくと思います。

・若手を軸にしたこれからの構想

「世界は待ってくれない」が合言葉です。現代の都市・地域・環境に起きつつある変化について、若者はそれらを敏感に感じ取り、新しい建築についての思いと考えを巡らしています。卒業研究、修士研究(設計・論文)のテーマは、大枠として言えば、「ジオメトリー(幾何学)、マテリアル(素材)、フィールド(地域)」のいずれかを軸に、建築設計・都市設計の新しい現象や傾向に着目して、本質的な分析や思考を深めるように指導、各自関心のあるテーマに取り組んでもらいました。一つ一つの成果は小さなものですが、100編を超える全体を俯瞰すると大きな傾向は認めることができて、それらを整理中です。卒業生たちの卒業後の活躍を見ていると、その中に徐々に成果が現れつつあるかなとも感じています。

一方、技術革新と社会構造の変化が激しく、一つの職場で実務に追われていると時代から取り残されかねないとの懸念を持っているとの初期卒業生からの相談もあって、研究室の同窓(「うのけんアルムナイ」(仮称))有志で定期的なセミナーを、来年度から行おうということになっています。うのけん女子会も組織化しつつあり、彼女らが核となって理科大・工・建築の若手女子会(30代、20代)への展開も検討されるものと思われます。築理会に支援していただいている「りぼん」(卒業制作集)の初期歴代編集長、近年の歴代編集長は、宇野研究室のメンバーがその役を担当してきたこともあって、この媒体が現役と同窓を繋ぐメディアとして育ってきました。今後、「うのけんアルムナイ」も、現役や同窓会との連携を模索していくことになろうかと思います。


宇野研究室の概況、以下のYouTube サイトで、ご覧いただけます。「宇野研究室2019ガイダンス」のビデオクリップです。

posted by chikuri-maga at 09:41| 日記